文化政策・まちづくり大学

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池上・池上惇:幸福研究における最近の動向と宮本経済学

総合学術デ-タベ-ス 2024年6月3日復活第1号

 

はじめに-公害研究と幸福論―公害被害の不可逆性

能登大災害における,水道問題の深刻さは,記憶に新しい.

震災後,3 カ月も半ばとなりながら水道すら復興し得ないとは,驚くべき事件である.

この事件を研究する素材として,宮本憲一先生による,「共同社会的条件の経済学」を適用してみよう.これは,この研究における主要内容に当たる.

日本の公害では,政府主導の地域開発政策が,大気や水,土壌などを汚染し,さらに,住民の健康被害にまで引き起こす.これは,社会的な費用となって,大気や水の「汚染除去のための費用負担」を意味するだけでなく,健康被害となれば,不可逆的である.

医学や医療の進化によっては,ある程度の回復や再生は可能であろうが,根本的,抜本的な治療の方法が発見できない限りは人間として生きるのは難しい.

例えば,水俣病は,水銀が人体にとりつき,有機水銀となって,人を苦しめる.

このような恐ろしさは,事前に,人体にとっての「有害性」を発見して,環境を人権として把握し,住民参加,市民参加制度の下で,水汚染が人体に影響を及ぼす前に,水から汚染物質を除去する以外に方法はない.

宮本経済学は,「健康被害に及ぶ公害被害」を,事前に,研究して,健康被害をもたらす物質を除去することを強調された.これは,「社会的費用の負担論としての公害論」から脱して,「健康被害」という現実を直視した画期的な発見であったと言ってよい.

日本経済学が,単なる負担論から脱却して,大気や水の汚染を,健康被害の前兆であると認識し,住民参加制度による積極的な除去対策を提起している点で「経済学の変革」と言い得る画期的な業績を残された*.

*宮本憲一「環境政策の課題」本書の「序」に位置づけられている.碇山洋・武田公子・佐無田光・土井妙子編著『宮本経済学の再評価と継承』丸善出版,2022 年 12 月.

そして,公害被害が健康にまで及ぶと,公害訴訟や,公害裁判が注目され,人権を守る立場から,科学者,技術者,社会科学者,文学者などが積極的に証人として,歴史の表舞台に登場される.経済学者も,環境問題と本気で取り組む。被害を受ける民衆が市民としての自覚をもって,健康の障がいと向き合う.相協力して,ともに歩む市民が増加し,一人一人の人生から,学びあい育ちあう.孤立ではなく,連携して,ともに歩めば,そこには,希望があり,判例が積み上がり,法の改定や新たな法律の誕生がある.

健康被害からの回復を目指す活動は,多くの人々の連携や協力関係を生み出す.

 

資本主義=生存競争,社会主義=官僚制の支配がもたらすもの

今や,環境問題は,地球規模の大災害の頻発によって,資本主義体制には,資本蓄積行為に反省を迫るとともに,大量生産・大量消費・大量廃棄により,空前の利益を追求し始めた資本主義社会をして,「このままでは,利潤追求も不可能となる」との自制や制御を受け入れる姿勢を示し始めた.そして,社会主義体制には,官僚制の蔓延によって,新たな支配階級が誕生し,その硬直的で画一的な本質は,体制を揺るがすほどに拡大してきた.

さらに,宮本経済学は「共同社会的条件」,すなわち,公共性を持ち,社会的な基盤となる水道,道路,都市,大きくは国家などを,社会の容器と位置づけて,「共同社会条件の経済学」を提唱された*.

*中村剛治郎「『共同社会的条件の政治経済学』の継承と展開-宮本経済学の現代的意義と方法論的考察試論」碇山洋・武田公子・佐無田光・土井妙子編著『宮本経済学の再評価と継承』丸善出版,2022 年 12 月,11 - 12 ページ参照.

それだけではない.社会資本が営利事業化や資本蓄積の手段とされることによって歪められ劣化してゆく過程をも解明された.

この領域については,森裕之「社会資本の理論と展開-宮本憲一『社会資本論』の再評価を通じて-」において指摘されている。

飽くなき利益最優先の志向がうみだす,とりわけ,大量生産・大量消費・大量廃棄などによる,コンビナート化を原因とする自然破壊・環境破壊が行われる。そこでは,都市住民の生活基盤を脅かす大規模な公害被害が発生する*.

*森裕之「社会資本の理論と展開-宮本憲一『社会資本論』の再評価を通じて-」碇山洋・武田公子・佐無田光・土井妙子編著『宮本経済学の再評価と継承』丸善出版,2022 年 12 月,71 ページ以下参照.

これらは,不可逆的な健康被害などを大規模にもたらすのであるが,これに対する,市民側での自治や,地域における共助,公助などの新たな経済を生み出す.これらは,政府や自治体などの施策が及ばないところでも,独自の経済を生み出してゆく.

この点を研究されたのは,佐無田光「サステイナビリティの政治経済学-宮本経済学から地域研究への示唆-」であった.氏は,政治学や社会学の知見を生かされて宮本経済学の地域研究におけるご貢献をまとめて次のように指摘されている.

「21 世紀になっても,アスベスト問題や原発事故など深刻な環境汚染があとを絶たない.技術が進歩し環境保全の目標が政策的に掲げられるようになっても,政治経済社会システムが変わらなければ公害問題は終わらないことを,日本の歴史は示している.とくに宮本教授は,環境政策における『責任の不明瞭さ』を厳しく糾弾する.責任を曖昧にしたまま,現体制を守りつつ,目の前の問題に対処するため,新たな問題の発生を防止する改革がなされない.」*

*佐無田光「サステイナビリティの政治経済学-宮本経済学から地域研究への示唆-」碇山洋・武田公子・佐無田光・土井妙子編著『宮本経済学の再評価と継承』丸善出版,2022 年 12 月,

91 - 92 ページ.

入谷貴夫「内発的発展の地域政策学に向けて」(第 5 章)は,宮本経済学の「地域論としての特徴」を示すものとして,内発的発展論を取り上げている.そして,動態的で,補完的な「内発的発展」を展望された*.

*入谷貴夫「内発的発展の地域政策学に向けて」(第 5 章)碇山洋・武田公子・佐無田光・土井妙子編著『宮本経済学の再評価と継承』丸善出版,2022 年 12 月,99 - 108 ページ参照.

 

以上を,総括すれば,この過程を「被害から立ち直り,市民としての自覚をもって,自治の伝統を踏まえつつ,隣人の人生から学びあい育ちあう関係」として把握したのが宮本経済学であった,と言えよう.

その意味では,「公害被害の不可逆性」の発見こそが宮本経済学の核心に位置すると言って,過言ではない.

この点に注目されたのは,寺西俊一「戦後日本の公害・環境問題と “宮本経済学” の体系」であった.氏は,これまでの経済学が「外側」においてきた,社会資本,都市,国家,環境を理論化する手掛かりとして,公害問題を取り上げられた,と把握されて高く評価されている.

そして,これを体系化するにあたって,① 哲学,思想,歴史についての深い造詣,②造詣を基礎とした,人権・自治・平和・環境がもつ普遍的価値の認識,③現場に根差し狭い専門を超えた,総合的な視野を持たれていること,を指摘された.

「外側」ではなく,これこそが本来の経済であり,不可逆的な公害被害こそが日本における市民の人格的な成長と発達をもたらすとの視点が,ここにはある*.

 

*寺西俊一「戦後日本の公害・環境問題と “宮本経済学” の体系」碇山洋・武田公子・佐無田光・土井妙子編著『宮本経済学の再評価と継承』丸善出版,2022 年 12 月参照.

続きは

学術データベース(学生専用)
http://db.bunkaseisaku-machidukuri.com/seijikeizai/739/
にて御覧ください。

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