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池上・総合学術データベース:時評欄(89)ホ-ムペ-ジ用;池上惇「『日本社会で‘学びあい育ちあう市民’』と、『中国社会における‘大衆創業・万衆創新’』とを比較する」
はじめに‐「学びあい育ちあう市民=日本社会」と、「大衆創業・万衆創新=中国社会」とを比較する-
日本民俗学の成果に注目する
ㅤ「学びあい育ちあう」心がけは、日本社会を生み出す、自然と社会の環境から生まれた。
自然の厳しさ、阪神淡路、東日本、熊本など、現在でも災害の規模が大きく、多発する国土。
ㅤ戦争や人災が絶えずに、生命と生活を自治の心で守り、一人一人を大事にする文化的な伝統。多様性を尊重する風土。
ㅤ同時に、集団主義、権力主義が台頭する危険性が大きく、一人一人の人格が脅かされる側面も。
ㅤこのような二面性を指摘した、文献は、宮本常一『忘れられた日本人』岩波文庫、1984年であった。
創意工夫する市民像
ㅤこの欄における、中心のテーマ、「人々の創造性と、享受する力量」を考える上で、この文献は、参考となる。
ㅤ例えば、この文献には、「日本における若隠居のシステム」に言及していて、日本社会では、権力側からの要請で、労役の期間が長く、労働奉仕をするだけで、一生が終わる危険性が高かった。
ㅤそこで、日本の民衆は、知恵を出し合って、「若隠居システム」を生み出したという。
ㅤそれは、40台、50代の働き盛りと呼ばれる年齢で、隠居してしまう。隠居してから、
創意工夫して、自分の田畑を開墾し、創業者となる。とりあえずは、私有財産としての開拓事業であるが、日本社会の常として、「結」の精神があり、富者と貧者の格差を好まずに、ともに、理解しようとする傾向もある。とりわけ、祭りなどの催事においては、富者が経済的な負担を行い、貧者は免除される習慣があった。「神の前では人は平等である」という民衆思想である。
ㅤこのような伝統は、創造と享受において、「学びあい、育ちあう」心を育てる。
ㅤ日本の地域社会は、大陸からの亡命者や、世界を放浪した人々を受け入れて、彼らから学び、
多くの職人技をわがものとしてきた。
ㅤ現在でも、「土地の人」風の人」という言葉があって、観光事業などにも、生かされている。
ㅤこのような傾向は、明治維新によって、海外に学ぶなかで、下火になってゆくが、文化的な伝統としては、今でも、各地に残る。これは、注目に値する。
ㅤ今回は、日本社会で形成されてきたと考えられる、「ともに、生きる中で、学びあい、育ちあう」文化的な伝統を発展させてきた、日本社会の特徴に注目した。
ㅤそして、このような文化的伝統と、中国社会における最新のスローガン、一人一人の市民が
「大衆創業・万衆創新」を実践しようとする方向性とを比較する。
ㅤそのなかで、日本社会に対する再評価の機会があるとすれば、このような機会を生かす試みも可能ではないか。
ㅤこの欄では、日本社会がイノベーションの点で、中国に遅れているとの見方には、疑問を呈することとした。
ㅤたしかに、明治維新以来、第二次世界大戦終了までの日本社会は、欧米に追い付き、追い越すための富国強兵・殖産興業政策を国家的に追求して破滅した。
ㅤ戦後は、自由で、民主主義、一人一人の人格を尊重しあう法制度が誕生し、この精神を「暮らしの中に生かす」習慣も、徐々に確立されてきた。とりわけ、公害の防止や環境問題に応答し得る基本法が制定され、市民の社会貢献活動を法的に支える、新たな制度が確立され、障がい者に関わる国際条約も批准されつつある。
ㅤ日本市民が、市民活動を展開して、独自に、国際的な影響を与える動きも注目されている。
ㅤこのような動きの中で、「学びあい育ちあう市民像」が日本社会において、人々の希望となり、新たな社会像をもたらしているのではないだろうか。
(©Ikegami,Jun.2023)