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総合学術データベース:時評欄(84)ホ-ムペ-ジ用;池上惇「インフラストラクチャ ‐の進化と産業再編成の関係をめぐって」
交通インフラ主導の時代-鉄道と自動車・道路がインフラの代表者となった‐
これまで、産業研究の基軸にあったのは、交通と通信におけるインフラストラクチャーが、産業の発展に及ぼす圧倒的な影響力であった。
例えば、産業革命における蒸気機関の役割や、鉄道事業の発展は、産業、金融、地域の三方向において、大きな変化を生み出した。それらは、
- 鉄鋼・機械製造業、石炭エネルギー資源開発などにおける産業の発展、
- 鉄道融資に伴う長期金融事業の展開、
- 交通革新による都市・地域経済の開発、それによる関連産業の生成、などである。
さらに、1920年代に、鉄道に代わって、自動車が登場する。
鉄道は機関車や客車・貨車などは経営主体がレ‐ルを敷設し、その上を走るのに対して、自動車は、個々人や企業が車を購入するが、道路は、政府や自治体がつくる。そこで、自動車を製造する企業は、道路づくりの負担から解放される。
その意味では、自動車輸送システムは、自動車生産における「民間」あるいは「株式会社」による生産に適していた。
さらに、自動車の普及を支えたのは、1930年代に、「ケインズ革命」が起こり、「政府部門を、生産部門、家計部門と並ぶ、経済的均衡の要素」であるとされた。この結果、政府や自治体の財政規模が大きくなり、公共事業の中心に、道路建設事業が位置付けられた。
ここに、道路は政府・自治体、つまり、税負担で実行し、車は、民間で企業が造る、という分担関係が生まれた。
これによって、自動車産業は、製造ラインの導入など、製造業における技術革新を生み出し、製造業の中核となってゆく。
製造業だけではない。販売事業や、貸出事業、さらには、輸送サ‐ビスや、自動車内の座席整備サービス、空調サービス、修理サ‐ビスなどに及ぶ、サ‐ビス事業と一体化していった。
自動車製造事業における量産システムが定着し、政府・自治体予算の膨張、公共事業費の増加などとともに、陸上輸送に、「自動車と道路」が、鉄道に代わって、定着してゆく。
情報インフラの時代における交通インフラの「後退と融合」
ところが、1980年代になると、情報技術が普及し始め、従来の交通産業中心の産業構造から、情報産業が通信産業を巻き込み、インフラの筆頭に躍り出る。
情報技術を研究し、開発して、生産し、情報機器を製造する営みは、コンピュ‐タと電気通信機器の結合された成果(ハ‐ド・ウエア)を生み出す。
人に代わって、自動的に機器を操作できる実行手順のマニュアル、すなわち、汎用プログラム(ソフト・ウエア)と一体に運用される。
自動車を運転しようとすれば、運転免許など、一定の資格が必要である。
しかし、「コンピュ‐タと電気通信機器の結合された成果(ハ‐ド・ウエア)」は、ソフト・ウエアを、日常的な業務や生活に必要なものとして、「誰も」が学習によって身につくことを推奨する。ある意味では、この「近づきやすさ」こそが、情報技術の持つ、魅力であり、同時に、恐ろしさでもある。
情報技術への「近づきやすさ」における「魅力」と「恐ろしさ」
例えば、魅力についていえば、コンピュ‐タには、「情報を記録して蓄積できる機能」がある。個人が記憶できる力量には一定の限界があり忘れることも多い。しかし、コンピュ‐タによる記憶機能は非常に正確で索引も作れるし再現性も高い。個人にとっても、集団や社会にとっても、この機能は意思決定をするときに、重要な役割を果たす。例えば、「戦争の記憶」「原爆被害の記憶」などは、二度と戦争は起こさせないという意思決定に大きな影響を与える。人が死ねば記憶もなくなるが、人が死んでも、言葉や映像が記録されて残される。
他方、「恐ろしさ」とは、どのようなものか。もしも、全体主義的な権力者が議会で多数を握り、あるいは、クーデターで政権を手に入れたとしよう。彼らは、市民の情報を管理し、彼らを、意のままに操れるように、情報を管理し、真実を隠し、個人のプライヴァシ‐を管理しようとするだろう。
そこまで行かなくても、「あなたが構想しておられる、起業やビジネスのプランをお聞かせください。本社の智慧者とAIが協力して、助言を行います」などの依頼は、どこにでもある、当たり前の呼びかけでもあろうか。これに応じていると、それなりに、「自分が考えていたもの」より「よさそうな構想」が返ってくる。
さらに、事業の種類などを絞り込んで、例えば、「健康に良い」食品ビジネスを考えるとすれば、これこそ、プラットフォ‐ムと称する無料のサ‐ビスを提供する事業者にとっては、大変、魅力のある領域となろう。健康に関する知識や論文をAIに学習させて、消費者から大量のデ‐タを集め、利用目的ごとに分類し、市場開発や研究開発の現場で事業の方向を決定する状況にある人物に提供すれば、次のような利益の源泉が誕生する。
- 知的所有権の分野における創造的な人の真似をしたアイディアの提供、
- 資金力を生かしたM&Aや暗黙の合意形成による独占的行為、
- 市場における販売力拡充などの目的を設定し、供給する消費やサービスにおける「生産・流通・消費の最適な手順=アルゴリズム」をAIに学習させ、個人の心理や感性にまで踏み込んだ情報を整理して「必要とする経営者」に販売する。
- 株式資本主義の弱点を利用した、大株主が普通株の10倍にも及ぶ議決権を行使できるようにして、株式会社の少数者支配を実現する「ゆがんだ企業統治」の出現。
などがあり、これらが、相乗効果を発揮して、大きな利益の源泉となる*。
*関下稔「GAFAMの深層への探訪-有力所説から基本的特質を検出する‐(Ⅰ)」『立命館国際研究』35-1(2022年6月)158-160ペ‐ジ。
プラットフォ‐ムを構築して、世界共通の情報通信基盤を巨大株式会社が所有する時代が到来した。彼らは無料の顧客サービスとして、Eメールの無償提供や、SNSなどのコミュニケーションの場を無償で提供するもの、IT技術による無償の検索と通信販売を結びつけるもの、パソコンやスマホなどの情報機器や端末を製造しながら、無償のEメールを提供するものなど、多様である。かれらに、共通しているのは、無償のサービスと引き換えに、個々人に関する大量のデジタル・データを集めて、利益の源泉に転換していることであった。
大量のデ‐タを集めると、平均的で、常識的なものに近づくことは当然であるが、この「業界の常識」こそ、必要とする人々にとっては、魅力の源泉となる。そして、デ‐タ提供者にとっては、利益の源泉となる。
もしも、創造的なアイディアを提供した人が名乗りを上げてきても、適当な和解金を支払えば、済んでしまう。現代経済は「絶えず変化する」という前提であれば、常識的で、当たり前のことであっても、魅力があり、説得力があるのである。(©Ikegami,Jun.2022)