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総合学術データベース:時評欄(73)ホ-ムペ-ジ用;池上惇「A.マーシャルにおける地 域産業論から学ぶ」

1870年代の世界的危機と、現代経済学を開拓した大きな視野-杉本栄一

 

河上肇先生の『貧乏物語』を読んで、ラスキン思想に関心を持ち、ラスキン研究の道に入る前、学生時代、経済学を学び始めたころ、経済学の入門書として出会い、以後も、大きな影響を受けたのは、杉本栄一『近代経済学の解明』理論社、1950年であった。当時は、マルクス経済学が広い読者階層に普及していたころであったが、この書で中心に紹介されていたのが、A.マ-シャルであったので、近代経済学とマルクス経済学の総合的な理解を進める上では、非常に大事な指摘をされていると感じていた。

杉本栄一先生の経済学観においては、1870年代における「近代主義の台頭」に注目されているという特徴がある。当時の京大では、故桑原武夫先生らが「近代主義」の研究を開始されていて、学生たちにも、大きな影響があった。

1870年代は、フランス・プロシャ戦争や、それに続く、パリ・コミュ-ンなど、世界を揺るがした諸問題が登場した時代である。

杉本先生は、これらを研究の原点に置かれていた。

さらに、このような時代を背景として、欧米の知識人の間では、「自己の存在に耐える実存主義」や「生き残るために、あらゆる思想を活用して生存競争に応答する実用主義(プラグマティズム)」が開発された時代であったこと。

ここにも注目されていた。

いわば、「社会的な危機への応答」が、経済学の発展を促し、従来の古典経済学から、マルクス経済学 対 近代経済学 という対立の構図として展開が行われたという認識である。このことは、両者が対立しているように見えて、実は、同根としての側面をもっているとの認識であったのかもしれない。

当時は、文学部の学生を中心に、実存主義や実用主義の研究会が発展し、新たな思想に対する検討は、当時の学生たちにとってみると、非常に、魅力的であった。そして、マルクス主義の成果が『資本論』として1870年代に生み出されたことや、これに、対抗するかのように、「限界革命」を基盤として近代経済学も、1870年代に急速な発展を遂げていたことにも強い関心が寄せられていた。

恩師、豊崎稔先生も、杉本教授の研究に共感しておられて、研究方法としても、「過去の理論、とりわけ、マルクス経済学であろうと、近代経済学であろうと、経済学における定評のある古典理論から学習しつつ、さらに、現場を最優先に重視する」ことを研究にける基軸としておられた。

また、この研究スタイルで若手が研究を進めると何が起こりやすいのか、ということも、よく知っておられたようである。

例えば、若手の研究者が現場に出ると、現実の多様性に惑わされて論文ができなくなる。わたくし共の先輩研究者たちも、多くの方々が、この悩みを抱えておられた。

豊崎先生によれば、それは、十分に配慮すべきことで、若いころに、現場の調査などと並行して、思想史や経済学史の研究をして論文を書きながら、それでも、なお、現場に通うという厳しさをも理解するように。との、お考えであったようだ。

 

マーシャル研究の重要性-その契機を考える-

 

杉本理論は、このような状況の中では、まさに、世界の現場での、1870年代の世界的な大変化への応答として、近代経済学やマルクス経済学を位置付けておられた。それ故に、経済学徒にとっては、現代経済学として、非常に「魅力のある経済学」の展開であった。

その杉本先生が、A.マ-シャルに注目された理由も、彼の代表作、Principles of Economics, 『経済学原理』(マクミラン、初版、1890年。8版、1920年。リプリント版は、1952年。『経済学原理』の翻訳は、『経済学原理(Ⅰ)~(ⅳ)』馬場啓之助訳、東洋経済新報社、1965-7年)の内容にあった。

マーシャル経済学原理における、前人未到の体系性は、以下のように構成されていた。

第Ⅰ部 学習のための予備的な総括(このなかに、法、秩序、人の存在などから、論じ始めて、経済的な行動の動機である利潤追求行動と、それに抵抗する行動を視野に入れていることに注目)

第二部 基礎概念 冨・生産・消費・労働・必要、所得・資本など。

第三部 欲求と充足 価値と効用など。

第四部 生産の主体 土地、労働、資本、組織(ここに、地域産業など、普通の経済学教科書では扱わない項目を入れている。また、組織が入っていることに注目。のちに、社会学者から高い評価を受けている。さらには、経済学原理で経営組織、経営学を扱っている)

第五部 需要、供給、価値の関係性

第六部 国民所得の分配

付論

 

 マーシャル経済学体系の研究には、非常に多くの先駆的な御高作があるので、現在では、学習にしても、研究にしても、非常に、有益な環境が生まれている。とりわけ、「ケインズ革命」との関係では、ケインズがマーシャル体系を、過去のものとして否定するかのような姿勢をもって、ケインズ経済学を世に出した。これは、どの程度の正当性を持っているのかは、いまなお、研究が継続中である*。

 

*例えば、中村隆之教授による、ハロッドの翻訳と解説は、ケインズ流動性選好利子説と、ハロッドの利子論との関係を解明されていて、マーシャル研究にとっても、非常に、有益であった。ロイ・ハロッド著・中村隆之訳『功利と成長の動態経済学-ハロッド重要論文選-』ミネルヴァ書房、2022年、中村隆之『解説 ケインズを乗り越えようとした気概』231ページ以下参照。

 

今回は、これらを基礎としながら、さらに、経済理論の領域では、未だに、位置づけができていない、「地域産業論」という未開拓な領域に挑戦する。そして、これを経済理論の中に置いた、A. マ-シャルの経済学に注目したい。

(©Ikegami,Jun.2021)

 

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