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総合学術データベース:時評欄(60);池上惇「遠野ゆかりの産業と企業」
遠野市におけるホップの栽培とホップ和紙の研究開発
東日本大震災からの復興を願って、遠野市を訪問したのは、2012年以後のことで、池田清先生が神戸で震災復興のシンポジアムを開催していただいたおかげである。その場では、遠野市長が講演されて、復興支援ボランティアが復興とともに徐々に学校や職場に戻る中で、遠野市の人口が減少してゆくことに対して強い懸念を語られていた。
この場には、神戸の市民とともに、小林陽太郎先生の社会貢献活動で著名であった、企業も参加されており、参加の間で話が弾んで、一緒に、遠野支援を実行しようではないかという構想に発展した。
その折に、教えていただいたのは、遠野市にはキリンビールのホップ生産地があり、ホップ栽培が遠野産業を支えているとの情報であった。その後、遠野を訪問する中で、遠野緑峰高校(農業の専門高)の同窓会、先生方、生徒たちと出会い、生徒たちが主体となって「ホップ和紙」を開発する現場に立ち会うことになる。
少しでも、お役に立てればと思い、京都の市民大学院有志から募金を集めて、ささやかなご寄付を申し上げたところ、皆様が大変喜んでくださり、高校の創立記念日には代表として表彰までしていただいた。心より感謝しております。
ホップ和紙の開発は成功して奉書や名刺からはじまり、今では、服装のデザインを行って、普及を図るほどの発展であり、文部科学省から表彰されて東大の安田講堂で、晴れの舞台に立つまでに成長された。
当時、高校統合問題があって、校名もなくなるとの噂さえあったなかでの表彰は、元校長の藤井洋治先生をはじめ、遠野市民活動を通じて統合に疑義を持つ各位を激励したに違いない。
地元の貴重な資源としての「ホップ」や「ホップ和紙」の存在は、この地の「高いイノベーション力」を内外に示した。この力も、ホップを、この地で供給されてきた、キリンビールのホップ生産基盤が存在したからのことである。遠野市におけるキリンビール経営の発展のために、どのような構想が生まれているのであろうか。
遠野市とキリンビールは、2007年から「ビ-ルの里」構想を展開し、ホップ生産地の味や香りを生かした、観光客の誘致を構想していた。コロナ禍、のもとでは、新たな構想が必要であろうか。
CSV=市民と企業の価値創造とCSR=企業の社会的的責任実行
この取り組みは、現在では、CSV=creative shared value、すなわち、市民とともに企業が価値を創造し、①市民生活の津を高めることに貢献するとともに、②企業における関係者の健康・いきがい・社会的なつながりを進め、同時に、企業利益を確保できる経営、を、目指している。
この理論は、現代経営学を代表する、アメリカの経営学者、マイケル・ポ-タ-の理論によるものであった。この概念は、従来のCSR=corporate social responsibility を超える企業経営の指針となったもので、これまでは、企業の社会的責任を果たすために、まず、企業利益を上げて、その成果を分配することに主眼があった。すなわち、環境問題や社会問題に応答する寄付活動などの実行である。
ところが、現代社会は、大災害や環境問題、貧富の格差拡大や社会問題が激化してきて、企業は、持続的な発展を確保しようとすれば、常に、環境問題や社会問題と向き合う必要性に直面する。そこで、企業は、地域社会や市民と協力し合って、市民生活の質向上に貢献するとともに、経営者、従業員、株主、消費者の利益となる経営を行い、市民生活、企業関係者への貢献と企業利益の確保を両方ともに追求する経営を行うこととなった。
例えば、現在の遠野におけるホップ農家は約50軒、1974年当時は250軒であったから、急激な減少である。ホップの国内生産は、質の高いビール生産には、不可欠であり、それによる企業利益の追求も必要である。この課題に応えるために、企業は、自治体と連携して、は「ビ-ルを生かすまちづくり」にとる組むことになる。現在、遠野には、これ以外にも、地域創生にむけての協力隊制度などを活用した、ホップ農家育成の動きがあるが、持続的な発展の道は、まだ、見えていない。市民との連携による企業の持続的な発展の道を模索するなかで、今後の道を発見してゆくのであろう。
市民と企業の価値共創への道
キリン・ホ-ルディングス社長 磯崎功典氏は東日本大震災に直面された。
宮城にあった工場を閉鎖すべきかどうか、については、「やはり、従業員の暮しを守り雇用を維持しよう」と継続を決断された。
さらに、被災して苦しむ福島県の梨を生かした「缶酎ハイ」を製品化して販売したところ、倫理的な消費者が積極的に購入してくれた経験をお持ちであった。
これらのご経験を生かされて、新たな価値共創の方向性を次のように指摘されている。
「国内ビ-ル市場はピ-クアウトして今後も伸びにくい。成長戦略をどう描くか。そう考える中で、CSVを経営の柱に据えることを決めた。社会課題は多種多様だが、事業と親和性があり、発酵・バイオテクノロジ-を生かせる『健康』『環境』『地域社会』を重点的に取り組む社会課題とした」*と。では、CSVを生んだ遠野の土壌とは何か。この課題を研究する。
*磯崎功典「課題解決と価値創造両立」『日刊工業新聞』2021年5月19日付、1ぺ-ジ。
(Ikegami,Jun©2021)