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総合学術データベース:時評欄(65)ホ-ムペ-ジ用;池上惇「中国における『共同富裕論』を発展させる道は」

共同富裕論の提起

中国政府は、自国の大手ネット業界に対して、「今後営利の教育サービスを認めない」という方針を明示した(『日刊工業新聞』2021年9月6日、5ページ。津上俊哉先生の論説記事前書き参照)。これによって、中国企業における、アメリカでの株式上場は、大暴落に至ると予測されている。

同紙に、論説記事を執筆された、津上俊哉先生は、最近の習近平国家主席による「共同富裕論」に言及され、「一部の人が先に金持ちになってもよいが、後の人が金持ちになるのを助けるべきだ」「高額所得者や企業には社会還元を促すべきだ」との主張を紹介されている(同上)。

中国の経済学者は、最近、この「共同富裕論」を展開されている。

そのご主張は、①市場経済や自由な営業の政策は、経済の発展には有効であった。しかし、一部の富裕者層を生み出し、大衆の貧困を招く恐れがある。

②これを是正するには、公権力を生かした所得再分配、とりわけ、租税制度を活用した、再分配政策が有効である。

③しかし、これだけでは、富裕層の自発性をひきだすことはできず、不十分な結果しか生まれないので、富裕者が自発的に、寄付活動を行い、富の再分配に対して、主体的に関わるべきである。

これらの方向性は、中国の中間層を厚くし、社会を安定させる。

という内容である。

所得再分配とイノベーションを両立させるには

これら、市場経済・自由経済のメリットを生かしながら、所得再分配することによって、中間層の増加を図る政策体系は、多くの資本主義諸国で、すでに、実行されてきたことである。例えば、第二大戦後、イギリスの労働党は「ゆりかごから墓場まで」の方向性をもって、国民所得の40%を超える重税政策を通じて、福祉国家を実現した。

しかし、この政策は国民の支持を得られず、1980年代、サッチャーらの新自由主義の前に敗北を経験した。その大きな理由は、重税政策は、国民の選択肢を狭め、創意工夫やイノベーションの機会を減少させて、経済の停滞を導くのではないかという国民の不安感である。確かに、イギリスの衰退は著しく、世界に、新自由主義を普及させる引き金を引いたような印象がある。

当時、これに反対したのは、重税国家批判の立場から、コーリン・クラークらの経済学者たちであった。

私は、イギリス留学の時、古本屋で偶然に、コーリン・クラークの反対論を見つけ、日本に紹介したが、学識者やジャーナリズムからの反応は全くなかった。福祉国家すら未完成の国では、やむを得なかったのかもしれないが。

それでは、所得再分配とイノベーションを両立させるには どのようにすればよいのか。

イギリスにおける厚生経済学の動向をみると、A.C.ピグーらの主張は、所得再分配を単なる経済的な再分配に終わらせずに、貧富の差が大きいときには、教育水準を高めて、文化格差をなくすこと。つまり、生まれながらの貧富の差をなくす第一歩は、無償の義務教育制度などによって、「スタートラインの平等」を実現し、一人一人の人生にとっての、公正競争の場を生み出すことであった。

このような基盤があってこそ、反独占立法などの規制が有効に機能する。両者は相まって、独占化を防止することができるはずであり、公正な競争基盤は、イノベーションを生み出すのが自然であると思われていた。

しかし、公正競争の実現は、そう、簡単ではなかった。大企業は、カルテルのような、公然たる独占システムではなく、プライス・リーダーと呼ばれる「暗黙の価格決定者」を生み出し、独占価格協定はないものの、実質的には、管理価格と呼ばれる高価格水準を生み出して利益を上げた。

さらに、1980年代以降、情報技術の革命が進行して、多品種少量の生産システムが誕生した。

管理価格制度を確立してきた、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄システムは、時代遅れとなって、中小零細規模企業との競争に直面する。

他方、自然独占と呼ばれた公益企業群、鉄道や通信、電力などの「独占を認められた大企業」は、小規模・高性能の中小零細規模企業との競争に直面して、企業の分割や民営化を余儀なくされてゆく。大企業の中でも、法で認められた、合法的な独占事業社会も転機を迎える。

いわゆる、「ベンチャ-型企業群」が誕生して、大学・研究機関と連携しながら、熾烈な競争を繰り広げ、その中から、イノベーションが生み出される時代となった。

このような時代には、企業に対して高率の法人税を課すとか、個人所得に対して高度の累進所得税を課すなどのことは非常に難しくなる。多くのベンチャー企業は、ハイ・リスク、ハイ・リターンを特徴としていて、高率の税をかけると、イノベーションへの挑戦意欲が低下する恐れが出てきたからである。

仕方なく、多くの国々で、累進所得税の税率を下げて、法人税率も引き下げ、その代わりに、大衆課税である、付加価値税(日本では一般消費税)を採用し、重税策を採用した。しかし、この税は、低所得層ほど、負担が増える仕組みであるから、所得格差は一段と大きくなった。イノベーションの実現は、社会の分裂や、貧困化を促進したのである。

イノベーションを立てれば、社会の分裂や貧困化が進み、「ゆりかごから、墓場までの福祉国家」は「重税による貧困化」「経済の停滞」が進む。これでは、どうしようもない。

私は、この問題の解答には、二宮尊徳の「信託論」があり、これこそ、日本経済学の世界に誇れる成果であると考えてきた。

今日は、この問題に立ち入ってみたい。

(Ikegami,Jun©2021)

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