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池上・総合学術データベース:時評欄(54);池上惇による書評「奄美・超高齢者層における‘生活の質’を解明する-今後の地域研究において画期をなす業績-」

はじめに-研究における国際的な視野

今日の時評は、冨澤公子著『長生きがしあわせな島<奄美>』奄美の伝統行事がわかるDVD付、かもがわ出版、2020年を取り上げる。

時評である理由は、今後の地域研究において、この書物の持つ意味が非常に大きく、地域研究のパラダイム転換というべき変化を呼び起こすと判断したからである。

著者の冨澤公子先生は、最近、古希を迎えられたと聞いている。地方公務員を務めあげ、定年近くに、研究の道を志されて、定年後、研究者としての仕事に専念された。

学会活動としては、新老年学の翻訳や、スェ-デンにおける超高齢者の生活現場を踏まえた新たな動向に注目され、国際的な交流もあって、スェ-デンにおける実証的研究を基礎とした、ラーシュ・トーンスタム著、冨澤公子・タカハシマサミ訳『老年的超越:歳を重ねる幸福感の世界』晃洋書房、2017年が公刊された。

この書は、超高齢者は耳や目の障がいをはじめ、身体機能の点では、厳しい問題に直面せざるを得ない。しかし、精神生活の次元では、人生において発見された、生きがいや社会的なつながり、社会保障制度などに支援され、冷静で安定した幸福感を深めていることが実証されていた。冨澤先生は、この書の翻訳活動を通じて、世界に共通する超高齢者の実態に触れて、研究の焦点を、「老いによる心身の衰えと、社会や次世代への負担感」ではなく、次世代はじめ、地域コミュニティの教育を担う、重要な存在として超高齢者を位置付けるお仕事に挑戦された。

このことは、冨澤先生が、日本において、超高齢者の地域における存在を研究するという、社会問題を取り上げるにあたって、広い、国際的な視野を持っておられたことを物語る。

これまでの日本の地域研究は、創造都市の研究など、一部を除けば、どちらかといえば、国際比較の視点が不足がちであった。この点に、まず、注目する。

 

超高齢者の人生における可能性を開発する

地域の研究において、国際比較の視野を持つことは、貴重な成果を生みだす上で、基盤となるキーワードの発見につながることが多い。 富澤先生の場合には、「超高齢者の老年的な超越」という新たな概念が、それにあたる。

わたくしも、若いころに、イギリス工場法の成立過程を研究していて、当時の工場査察官の方向所から、貴重な示唆を受けたことがある。それは、労働時間が短縮されれば、経営者も、労働者も、自由な時間を得て、金銭的な価値の追求という「疎外された状況」から、人間を取り戻すことによって、教養や、教育や、衛生的な暮らしの環境を獲得する機会を生かせるということであった。これは、「市民自立の経済的基礎」が従来の「労働によって私有財産を持つ」というだけでなくて、無産であろうとも、教育制度や芸術鑑賞の機会などを通じて、自立できることを示した。工場法は、日本でも、明治期に成立はするが、イギリス工場法と比較すれば、経営者と労働者の自由度は比較にならないほど後れていた。

国際比較の視野を持てば、先進国の事例が研究できるので、新たな概念の確立につながることが多いのである。

冨澤先生は、「スェーデンにおける超高齢者の研究」を基礎にして、「老年的超越」の概念を発見された。この発見によって、富澤先生は、奄美という日本の地域で、スェーデンと、同様に、「老年的な超越」によって幸福を実現した人々を見出されたのである。それは、身体機能の衰えにもかかわらず、長い人生経験を背後に持った、「周囲の人々から敬意をもって見守られる」「穏やかな幸福」の状況であった。

では、奄美においては。このような状況を生み出し得た、根拠はどこにあるのか。これを改めて、問うことができる。

この問いを突き詰めてゆくと、そこには、地域固有の祭礼など、伝統文化を継承する機会に、超高齢者が教師となって、祭礼事業のノウハウや地域を経営する手法などを次世代に伝えているという事実に行き着く。超高齢者が地域文化を担う経験を持ち、ノウハウを伝達する教師として尊敬されるのである。

そこで、尊敬される理由を解明するために、超高齢者と、次世代の人々に対して、アンケート調査を行い、回答の文脈を分析する科学的な方法によって、「超高齢者が尊敬される理由」を解明する試みることとなる。この点の詳細は、富澤先生の奄美に関する書物への書評、本文に譲るが、結論としては、「困ったときはお互い様」の精神で、集落全員が、協働によって、文化事業や、道の整備や、清掃、農作業などを支え合って仕事や生活を行うこと。端的に言えば、「集落・近隣における社会的なつながりのもとでともに相互支援労働を行い、相互に自立を支援しあって、協働による労働支出の対価として、文化的な感動を共有し、仕事・生活の歓びを生み出す」のである。

これは、老年的超越を支える社会的なつながりであり、このようなつながりを生み出す、地域コミュニティの経済システムである。

(Ikegami, Jun ©2020)

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