文化政策・まちづくり大学

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総合学術デ-タベ-ス:個人別研究内容(10)冨澤公子 先生;長寿地域における長寿の地域要因と支援要因の分析-京丹後市を事例として-:内容紹介;池上惇           2020年9月1日

冨澤公子 先生 ご研究内容解説     池上惇      2020年9月1日

論文博士第一号のご業績

冨澤公子先生は、2006年に発足した、池上惇会長「国際文化政策研究教育学会」の会員の中で、最初に、博士学位(論文博士・名古屋学院大学)を取得された。

本学会の誇りであり、学会から表彰された。

これまでも、多くの学会員が学位を取得されているが、その多くは、課程博士といって、大学院の博士課程に3年以上在学して取得されたものである。もちろんのこと、池上惇をはじめ、各大学の大学院で研究指導を行ってきた実績のある研究者が支援したとはいえ、基本は、各大学院の指導体制によって取得されたものが多い。

その意味では、論文博士で学位というのは、破天荒な快挙といってよい。

冨澤先生は、京都府庁に勤めつつ、社会人として学習・研究を実行された方であるが、当初のご専攻は、心理学に基礎を置く、老年学の研究であった。

国際文化政策研究教育学会というところは、経済学者で文化経済学という新たな学術を研究された方々が多い。しかし、文化経済学は、倫理学や社会学、情報技術論やシステム科学論、美学や音楽などの広い領域と関連し、ある意味で、社会科学、人文科学、自然科学の接点でもあったので、多様な学術の研究者にとっては「開かれた」研究の場を提供することができた。出発点は心理学の研究であっても、個々人の心理は「地域の暮らし」の中にある要因によって影響を受けること。これは、経済学の研究でも、よくあることで、だれもが興味を持って研究できることである。

 

心理学から地域の社会関係研究へ

冨澤先生のご研究は、心理学を基礎とされながら、人間心理を、その人や、地域の人々の言語表現から読み取るという貴重な試みをされていた。これは、経済学の研究者も学ぶべき新たな分析方法である。

例えば、地域社会が持つ、固有の、「健康長寿の要因」とは何だろう。

研究者は、最初は、よくわからない。そこで、仮説を立てて、「健康長寿の要因」とは、この地では、親が子から尊敬されているからではないか。と、考えるとしよう。

そこで、アンケート用紙には、「あなたは親を尊敬していますか」として、これを、いくつかの段階に分けて質問し、それぞれに、理由を書いてもらう。

まず、「強くそう思う」(理由・親は別棟の「離れ」に住んでいるが自分のことが自分でする。人に迷惑かけないという生き方が徹底しているから)

「まあ、そう思う」(理由・ときどき、子に頼ってくるが、基本的には「離れ」で、自立して暮らしているから)

「どちらかといえばそう思う」(気が弱くなっていて人に頼りがちであるので、「離れ」に住んでいても、母屋に来ることが多いが、感謝の気持ちを忘れない人だから)

「すこしはそう思う」(全面的に、子に頼って暮らしているが、夜は、「離れ」にもどるという気持ちがあるから)

「全くそうは思わない」(健康障害があって、家族の支援なくしては生活できないから)など、5段階評価である。

このアンケートのなかから、「離れ」という言葉を、でてくる頻度が高いからという理由で、注目してみよう。

そうすれば、「京丹後では、家が広くて、離れがあり、超高齢者が自立して生活できる場がある」という事実が発見できる。

これは、丹後ちりめんを生産するために、親が子供を離れに住まわせたためであり、今は、「離れ」が超高齢者の快適な居場所となり、健康長寿要因の一つになっている。という「発見」である。

冨澤先生は、地域における超高齢者の健康長寿の要因を深く研究しようとされていた。まず、心理学や言語学の「語り」を、いくつかの分節で区分して、頻度の高い言葉を探し出す。という分析方法に興味を持たれた。

そこで、超高齢者や女性のおかれた「地域における人と人との‘つながり’や‘ひろがり’」を、彼や彼女らの「語り」を分析して、そのなかに、「健康長寿の地域要因」が発見できるのではないかと考えられたのである。

そして、健康長寿者や地域の人々が「必ずしも語る本人は自覚していなくても」、「語り」の中に「健康長寿の地域要因」が発見できる、と判断されたのである。

このようなご判断は、「あたっていた」ことが証明された。

 

健康長寿地域の比較研究から

冨澤先生は、京丹後だけでなく、岩手県遠野市や、奄美地方の「シマ」とよばれる村落の研究に進まれた。そのなかで、新たに発見されたのは、健康長寿者が地域の人々から尊敬される理由は、各地域に共通して、祭礼、祭りや行事・催事における「教師」としての尊敬を受けているということであった。

これらの文化的な行事において、「祭り」を通じての文化的なつながりが生まれていること。祭りが単なる伝統の継承ではなくて、絶えず、創意工夫を必要とする、創造的な営みであること。

さらに、超高齢者が、霊の存在をあらゆる自然のなかに見出して、自然との共生における必要性を自覚し、崇拝と謙虚な気持ちを持ち続けることを意味した。

そして、祭りの中から、人工的な建築物が自然からの採集によって誕生し、木工や金属加工の職人が生まれる。かれらは、最初は、宮大工として登場し、次第に、民家の建築や村や町を作り上げる中心となる。

注目されるのは、ある世代と次の世代との「タテ」の関係が「支配関係」ではなく「個性を尊重しあう学び合い育ちあい」の関係であること。また、超高齢者が「困ったときはお互い様」の精神で、近隣との「ヨコ」のつながりにおいても、個性を尊重しあって、学び合える、模範的な人格の持ち主であったことを示唆する。

健康長寿とは、実は、伝統文化の継承と創造の過程であり、伝統文化を媒介とした直接的な人間関係が「地域コミュニティの文化と一体の個々人に体化された文化資本」を形成してゆく。

祭りの経営(寄付金などによることが多い)が地域経営の原点となり、ここから、仕事や生活が誕生してゆく。

地域固有の資源を生かす経営とは、地域コミュニティにおける満場一致の自治ルールを基本として、集落の構成人、ひとりひとりの個性を活かしあう場を生み出す。

ここにおける健康長寿コミュニティは、地域の永続的な発展をもたらす。

冨澤先生は、「地元の地域資源を生かした、地域経営」の持続的な発展の構造を解明された。

先生の研究成果を基礎に、今後の展望を考えるとすれば、新たな展開が期待できる。

例えば、地域経営で生かすことのできる、地元の地域資源とは、大きく見て、三つある。

一つは、人。人材資源あるいは、「人に体化された文化資本」で、これは、ご研究の核心で、富澤先生が実証された。

もう一つは、自然資源で、農林漁業、鉱業、自然エネルギーなど。

三つめは、人工物で、文化資本が生み出した、祭りや、神事などにかかわる、建築物、紙、木工などの「霊をこめた構造物や道具(祭具)」。

そして、これらは、人々の住まいや、衣装や、食事などの文化を生み出す。とりわけ、住まいは、住宅建築として、非常に意味が大きく、「職人技がつくる耐久財」で、産業としての波及効果も大きい。

今後、日本の地域コミュニティは、自治力を持つ、独自の地域経営体として、独自の経済力を持って発展するのではないか。そして、これが、現在進行中の国家財政危機や自治体財政危機を救うのではないか。このような期待さえ感じさせた。

画期的な、素晴らしい発見であった。

(©Ikegami, Jun 2020)

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