文化政策・まちづくり大学

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総合学術デ-タベ-ス:個人別研究内容(16)越智和子 先生;「心を育てるものづくり」「丹後産地の自立化とデザイン力」 :内容紹介;池上惇

爽やかな風が、産地職人に「生きる形と力」を吹き込む

日本の産地職人が世界に稀な、卓越した技と力量を持っていることは、多くの人々に知られている。

にもかかわらず、多くの産地は、後継者の不足に悩みぬき、世界の市場に打って出られない劣等感に脅かされている。産地は消滅するのではないか。立ち枯れてしまうのではないか。このような恐怖感が産地や関係者の間に広がっては、また、消えてゆく。そして、ときどきは、若者が鋭いデザイン感覚をもたらして、希望を生み出すこともある。

それでも、不安は消えない。

このような状況の中で、『さわやかな風』が産地に吹き込み、産地職人に「生きる形と力」をもたらす機会が次第に大きくなり、自信をもって、世界に登場する職人が出現した。

このような「風」をもたらしたのは、越智和子先生である。

越智先生は、「日本の職人による伝統文化産業を、‘現代のライフスタイルに生かす’」こと。ここに、目標をおかれる。

このような目標の設定は、これまでの地域経済研究には全く見られなかった、斬新な内容を持つ。

これまでの、地域経済研究では、国際的には、A.マーシャルが19世紀末に『経済学原理』のかで、「地区産業」(馬場訳)に言及したこと。日本では柳宗悦が20世紀の後半『手仕事の日本』を公刊したことに大きく依存してきた。

とおりわけ、マーシャルは、イギリスにおける産地の形成に注目し、地域社会に「知恵の森」と、彼が呼ぶ、個性的な職人のつながりと技の継承・発展が存在することを発見した。

そして、生み出される財の品質の高さや世界市場での通用性、さらには、職人が形成する地域労働市場が形成されることを示した。

そして、当時、台頭してきた株式会社経営と比較して、職人の工房などの事業経営では、官僚制がなく、自由な学び合いが可能であり、公正競争の場が存在することを示唆している。

他方、柳は、産地の職人事業が、「上」からの貴族文化ではなく、民衆の手仕事文化として「用の美」を生み出してきたことに注目している。肩を怒らせた芸術文化ではなく、民衆の生活に根差した簡素な美こそ、文化に希望を与えると判断したのであろう。

これらに対して、越智先生は、産地のもつ魅力と、永続的な発展の可能性に注目され、この可能性を現実のものとする、新たな視点を提供された。

それは、伝統文化の継承・創造を合言葉=心の支えとしつつ、職人と顧客との「学び合い育ちあい」の場を構築することによって拓かれる。

そして、そこから生み出される「伝統文化を踏まえ、卓越したデザインと品質をもつ創造的な作品」が世界と日本のライフスタイルを変革して、新たな生活習慣を生み出すこと。

この新たな生活習慣が、産地に希望と展望を生み出し、顧客の要望をも超える、素晴らしい作品を生む原動力となること。

これらを職人の経験によって、学習して研究し、予測して、確実に実現すること。

越智先生は、あたかも、オーケストラの指揮者のように、産地という舞台に立たれて、個性的な職人、ひとりひとりに、適切な出番を提供される。

そして、彼らの作品を世界と日本の各地に紹介され、展示と販売の機会を生み出しつつ、職人と顧客との直接的な取引や契約関係を発展させてゆかれる。

その意味では、先生は、かつての問屋が行ってきた、商品開発や配給の組織に代わって、現代の情報社会にふさわしく、職人とトップクオリティ顧客のプラットフォーム構築を実行されたのかもしれない。そして構築の成果を「新たな習慣」のなかで、民衆に広げられてゆく。

現代のプラットフォーム・ビジネスは、コーヒ豆の産地と、「味のわかる」消費者・事業者とをつなぐという事例にもあるように、価格の決定権をプラットフォーマーがもち、価格変動に左右されない安定経営として注目されている。

しかし、越智先生には、この新ビジネスで、高い収益を上げるなどのことは全くない。仕組みを提供して、生産者である職人自らがマーケテングを行うよう導かれる。都道府県の伝統工芸産業関係部局がディレクタ-などを依頼すれば、報酬など、無関係に引き受けられる。最近の自治体は財政制約が大きいから報酬は期待できないが、先生は、構われる様子がない。このような人物がいないと日本はよくならないのであるが現実には極めて少ない。その意味では、私ども研究者にとっても、師であり、先導人である。

 

心を育てるものづくり

先生が、まず、注目されるのは、各産地には、各産地のものづくりが紡ぎだす物語があり、それを、ディレクター、顧客、職人、市民などが共有し、「産地の伝統文化を語る人々」に、共通の知識基盤を提供するよう努力される。

日本の産地の歴史を、研究することは、地域における「心の支え」を発見することでもある。また、民話を研究すると、古(いにしえ)から山や岩、森や生活の中に、霊を発見して、それを、心の支えにする習慣が見いだせる。

日本の職人文化における作品の素材は、自然から採集されていて、その形や色彩は、人々の「心の支え」を表現していることが多い。それは、神や仏、儒学の本などから、多様な霊を形作る。

職人は、麻や絹などの繊維素材に宿る霊を尊重し、染色の自然素材からも、「心の支え」となる形や色彩を発見して、素材を生かした加工を行う熟練の技・技巧・判断力を持つ。

越智先生は、伝統文化を、継承・発展させ、職人各位の心・つながり・技を形にしつつ、現代のライフスタイルにおける「質」を高めようと努力されるので、産地の歴史や地理を研究され、その成果を共有してゆかれる。

さらに、和装だけでなく、洋装をも視野に入れて、近江、沖縄、丹後、遠野など、各産地の工芸を国際舞台に登場させ、そこで、通用する品質の高さを、日本のトップ・クオリティ顧客と職人との直接取引によって実現し、展示や広報を通じて各地に普及される。

わたくしも、遠野で、越智先生が、普通の民家で眠っている「山ブドウのツル」を原料とする手提籠や、裂き織の衣服を生み出せる職人技を発見された現場に立ち会ったことがある。

越智先生は、持ち前の「心の支え」をさりげなく、語られながら、個々の職人が持つ潜在力を高く評価され、仙台の百貨店などで、「出番」を準備される過程に導かれた。

普通、産地形成の以前には、潜在能力があっても、現地、遠野では、全く、評価されていないことも多い。このような「自信が持てない」状況から、職人が希望をもって、作品づくりに積極的に取り組み、成果を銀実のものとして、確信をもって、進んで行かれるお姿を目の当たりにした。これが進めば、後継者も生み出される。

そして、先生は、一方では、仙台の百貨店を。他方では、遠野緑峰高校生とともに、実習室で、新たなライフスタイルを共に生み出そうとされる。

仙台の百貨店には、作品とともに、遠野の物産が並ぶ。

高校生は、簡易な織物装置で、布を織り、職人技の花活けやナプキンを飾り、地元の伝統野菜のスープで、遠野の伝統食をいただく。新たなライフスタイルの探求である。

私も、長い間、教師を務めてきたが、このような体験を学生たちに提供できれば、どれほどか、よい学生生活になったろうかと、思わずには、いられなかった。

すでに、多くの卒業生となってしまったが、今からでも、遅くはないから、同窓生の間で、いつかは、実現したいと思う。

遠野で、大震災からの復興を支援しようと努力していて、本当に良かった。これが実感である。希望と、生きがいをいただいたことに感謝。

(©Ikegami, Jun 2020)

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