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池上・総合学術データベース:時評欄(34);「地区公民館と‘ふるさと創生大学’の連携」2020年2月29日

過疎地における大学づくりと公民館活動

前回の時評欄では、藤井洋治先生が創設にかかわられた、遠野早池峰ふるさと学校の画期的な業績について、ご紹介をした。

そのとき、地域再生の試みとして、この動きを研究したときには、その地域固有の伝統文化を継承する「タテの仕組み」ともいうべきものがあることに注目した。いわば、地域の先覚ともいうべき方々が身につけてこられた篤農家としての職人技やノウハウなど、各位がお持ちの貴重な「人生資産=人に体化された文化資本」を、次世代や、来訪者が学習して継承し発展させるという「仕組み」である。

社会学者、T.パーソンズは、このような仕組みとして、最も優れたものは、「最小のエネルギーで最大の効果を持つ‘研究と教育の組織’であり、それは、アメリカでは、大学システムであったと指摘している。

この問題提起を受ける形で、藤井先生とわたくしは、「ふるさと学校を発展させ、各地にふるさと創生大学をつくる活動」を、遠野市の隣町、岩手県気仙郡住田町で開始した。

そのとき、藤井先生は、すでに、遠野早池峰ふるさと学校の校長を辞して、ご自宅のある住田町で、五葉地区公民館長を引き受けておられた。

これは、偶然のことであったが、幸いなことでもあった。

池上は、通信制の大学院大学を創設しようとして、融資から浄財=寄付金を集め、それを財源として、京都を基軸としながら、全国を各地の過疎地に学舎をつくり、それを、巡回しながら「通信制と対面教育の結合」を実現しようとしていたからである。京都府下をはじめ、各地に適地を求めていたが容易には発見できなかった。ところが、藤井先生が「わたくしの家の川向うで古い農家の建物が売りに出ています」と、知らせてくださったのである。わたくしは、一見して、学舎か、図書館にふさわしいものと判断した。価格も合理的であった。

この結果、五葉地区の中に、公民館と、ふるさと創生大学が二つの焦点として、誕生することになった。

 

日本初の社会実験―大学組織と地区自治の関係を探る

そこで、日本で初めて、過疎地の大学づくりと、地区公民館活動との関係が直接に観察しうる場が誕生したのである。

もともと、日本の地方制度研究家の間では、地区や自然村の研究は一定の蓄積があるが、その地に大学ができて、両者の関係が継続的に観察できるなどということはありえなかった。もしも、このふるさと創生大学が地区公民館と連携して、地域の再生や発展に貢献できたとすれば、これは、日本社会にとって、貴重な実験となり、今後の地域再生活動に貢献できるに違いない。

日本の自治体は、その基礎単位として、いくつかの「地区」を持っている。この「地区」こそは、日本における地域社会形成の原単位となった場所であり、かつては、「自然村」などの名称で呼ばれていた。

ここには、個人あるいは、家族や世帯単位における地区住民の仕事や生活を地区構成人たちが協力し合って支えあうための自治組織があった。

民俗学者、宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫在中)には、自治組織が意思を決定するときには、全員が一致するまで、夜を徹して、何日も話し合う様子が紹介されている。スエーデンやスイスと同様に、日本でも、自治組織における「満場一致ル―ル」(多数決ではない)が存在したのであろう。

このような自治組織が、過疎地の大学と連携して地域再生に取り組めば、何が起こるのか。藤井先生の2019(令和元)年度公民館大会のご報告から考えることとしたい。(Ikegami, Jun ©2020)

 

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