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総合学術データベース:時評欄(83)ホ-ムペ-ジ用;池上惇「EV生産システムによる産 業再編成過程」

アメリカ合衆国「インフレ抑制法」の波紋

 

アメリカ合衆国において、「インフレ抑制法」と呼ばれる法律が2022年8月に成立した。

電力中央研究所、社会経済研究所、上席研究員 上野貴弘氏によれば、2022年8月16日、バイデン大統領は「連邦議会を通過したインフレ抑制法案に署名し、同法が正式に成立」した*。

米国インフレ抑制法、3690億ドルを気候変動に投資 | 日経ESG (nikkeibp.co.jp)

法案の交渉は、昨年から民主党の中で断続的に行われ、議会上院では、民主党の全議員の賛成が法案可決に必要であった。しかし、石炭産地であるウエストバ‐ジニア州選出のジョ‐・マンチン上院議員が賛同せず、一時は成立が危ぶまれる。しかし、7月27日に上院トップで法案のとりまとめを担っていたチャック・シューマー院内総務がマンチン議員と協議し、法案の修正に合意が成立して同法が成立した。

「インフレ抑制法」は、10年間(2022~2031年度)で財政赤字を約3000億ドル削減することで、インフレの減速」を狙う。内訳を見ると、法人税の最低税率の設定と処方箋薬価の引き下げなどによって、財政赤字を約7370億ドル減らす。その意味では、財政健全化の姿勢を持つ立法であった。この約7370億ドル(1ドルを145円であるとすれば、約106兆8650億円)を節約した上で、節約した総額の中から、約50%に相当する、約3690億ドル(同様の数値で約53兆5050億円)を「再生可能エネルギーおよびEVなど、環境政策への原資」に転換する。言わば、「赤字財政を大幅に節約」してから、そのうちの半分程度を原資として改めて予算を組むのである。

改めての「予算化」における支出の内容を検討しよう。

新予算は「気候変動を主とし、エネルギー安全保障をも視野に入れて」税控除や補助金などを通じて家計や企業会計を支援する、ことに焦点を合わせた。これによって、インフレによる物価上昇を抑制する予算政策、「インフレ抑制法」とされる所以(ゆえん)である。主な支援対象は気候変動対策であり、税控除や補助金の規模が大きい。そこで、「米国初の本格的な気候変動立法=インフレ抑制法」とされてきた。また、公共政策としてみると、カーボンプライシングなどによってCO2の排出を抑え込むのではなく、家計などへの金銭面での支援によって消費者の購買意欲を高め、生産者には、新技術の導入を加速させようとする点に特徴がある。

米民主党はこの法律によって30年の温室効果ガス排出量が05年比で約40%減ると見込んでいる。法律がない場合には25~30%減にとどまるとする評価もあり、同法によって米国の気候変動対策は大幅に前進するとされた。しかし、パリ協定の下での削減目標(50~52%減)には届かないので、残りの10%分をどう埋めるかは今後の課題である。

インフレ抑制法の支援対象

支援の対象とされる、主要なものの中、第一には、支援総額の4割強(1603億ドル)が、再生可能エネルギ-で発電する事業者に課せられる税金を控除する政策に充てられる。再生可能エネルギ-ではないが、既設の原子力発電に対しても、24年から32年まで税控除が適用される。

第二は、電気自動車、EVへの支援である。10年間で89億ドルを、消費者が電気自動車や燃料電池車を購入する際、税控除が適用される。また、商用車として使われる電気自動車・燃料電池車にも税控除が適用される(10年で36億ドル)。新車なら、最大で、7500ドル=約108万円強にも達する税額控除が受けられるという*。

 

*『日刊工業新聞』特集「EV生産現地化迫る」2022年9月15日付、28ページ。

 

ところが、この「インフレ抑制法」は、気候変動対策という大義が掲げられているにもかかわらず、対中国経済戦略を意識していた。その結果、税額控除の対象となるのは、従来のグロ‐バルな姿勢とは正反対となった。すなわち、「北米で生産された電気自動車のみに限定」される。さらに、その上に、リチウムなどの重要鉱物や電極などの調達先は北米またはカナダ・メキシコなど、アメリカ合衆国と自由貿易協定を結んでいる地域に限定される。

このほか、EVを製造するメーカーの新工場建設への融資(10年間で30億ドル)と、既存工場をクリーン自動車製造に転換するための補助金(10年間で20億ドル)もある。

アメリカ合衆国における、「インフレ抑制法」の成立は、北米に進出した、日本自動車メーカーにとって、厳しい制約を課すこととなった。さらに、「EVへの出遅れ」が、日本自動車メーカーを、北米で直撃するのではないか、という経済観測もみられる。

今回の時評欄では、日本の自動車メーカーに焦点を合わせて、「インフレ抑制法」の意味を考察することとする。

(©Ikegami,Jun.2021)

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