文化政策・まちづくり大学

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総合学術データベース:時評欄(62)ホ-ムペ-ジ用;池上惇「コロナ禍におけるESG投資は過疎地域へと向かうか-日本における開拓者精神の継承と発展(承前)」  2021年7月6日

コロナ禍に終止符を打つには

 インドで流行する、新たなウイルスが日本にも広がってきた。これまでのワクチンでは、有効でないとの説もあり、ただでさえ、ワクチン不足のなかにあって、先行きが一層、不透明となってきた。

では、どうすればよいのか。

その答えは、ただ、ひとつ。

「東京一極集中の人口構造を根本的に変革し、各地、都市や農村の学区や地区と呼ばれる、最小の自治単位で、『ふるさと創生活動』を急速に発展させること」である。

私は、いま、2018年に開校した、一般社団:文化政策・まちづくり学校=略称・ふるさと創生大学の学長を仰せつかっている。

岩手県気仙郡住田町五葉地区に、学舎を創設し、五葉地区の公民館と組んで、学校を研究拠点とした「産業イノベーション」や、学校を高等教育拠点とした、「大都市との教育格差是正による公正競争基盤の充実」に取り組んでいる。

 

地区や学区の産業イノベーション

「産業イノベーション」のために研究棟を設けてみると、大きな変化が現れた。近くの篤志家から農地の無償提供や、休耕田を活用した、サツマイモ栽培など、地元の知識人や篤農家が動き出した。そして、サツマイモ・ジャムという新製品を開発されたのである。

すごく、おいしいもので、いま、全国的に、サツマイモの再評価が進む中で、貴重な成果であった。さらに、学舎での「縁側産直」の実験が始まった。お隣の遠野市では、地区ごとに産直市場が開かれ、スーパーに対抗して、生き残れるという高い実績がある。地元農業や加工品の販路として、地元振興には欠かせないものである。五葉地区公民館の前には、小規模な産直市場があった。このほかにも、遠野市には、日本一、おいしいと言われる「ピーナッツ菓子」、ホップの廃棄物から生まれる「ホップ和紙」「早池峰菜再生」などの実績もある。京都から越智先生が現地で指導されて、野ぶどうの蔓を原料とする手提げなどの「グッド・デザイン商品」もある。この地の「ふるさと学校」には、純良なハチミツがある。お米も、日本一、おいしい。

住田は有名な気仙大工の地である。学舎建設でも、お世話になった。この地は、戦災復興住宅に木造の住みやすい住居を提供したというので、全国的に有名になった。木造の小住宅を生み出す力量があり、職人層も集積していて、全国的な市場を形成して持続的に販売できる力量がある。

こうした、多様な物産を、例えば、東京や京都・大阪などと結ぶ、プラットフォームがあれば、五葉地区や遠野市の隣接地区は「地域経営」を行って、収益を上げ、地区としての経済力や財政力を持つようになるのではないか。そして、この財政力を生かせば、地元に、新たな「小住宅街」を生み出し営農とテレワークで、健康な環境のもとで、働ける人々が、大都市から定住するのではないか。

これからの定住者は、東京や京都と、岩手に家を二軒もって、過疎地を新たな生活の場としてゆくのではないか。そのためには、財政破産に直面する政府や自治体に頼るのではなく、尊徳に学んで学区や地区に信託基金を拓き、各家庭の経済状況に応じた、「柔軟な無利子・無担保の融資制度」を実行する必要がある。全国的な、あるいは、国際的なニーズに応答し得る一般財団のような寄付や投資のセンターを都市部に開き、大量の寄付金や研究投資資金を集めて、全国、800ヶ所くらいの規模で、各地に定住圏域を生み出す活動が進展すれば、新たな見通しを開くことができるのではないか*。

 

*池上惇「流域宇宙」(上田篤+縄文社会研究会『建築から見た日本』鹿島出版会、2020年、29章)参照。

 

いま、岐阜の高山や、福井の今立、鹿児島の肝付など、岩手だけでなくて、地域の「宝の山」に注目した、地道な動きが始まっている。

これは、農村地区だけでなくて、都市の学区においても、可能性が大きいのではないか。京都の成徳学舎の前に、繁昌神社があり、その総代のかたが、市民大学院で研究されている。祭礼復活の担い手としても、大きな業績を上げられた。祭礼の復活は、町並み全体の産業イノベーションに、大きな貢献をする。

 

各地に通信制の高等教育機関を

住田学舎、ふるさと創生大学は、学校を高等教育拠点とした、「大都市との教育格差是正による公正競争基盤の充実」に取り組んでいる。

その原点は、都市から高等教育を持ち込むのではなく、まず、地元の多様な文化的伝統に注目し、その持続的な発展の場を生み出すことである。

住田を訪れて、まず、驚かされたのは、佐藤霊峰など、「働きつつ学ぶ学習文化」を生み出した、学びあい、育ちあう習慣が根を下ろしていたことである。さらに、気仙語に聖書を翻訳されたお医者様がおられた。この地には、すでにして、高い高等教育の伝統がある。通信制大学の同窓会もあり、農家と教師、農家と公務員、農家と医師・看護師・介護士、農家と商社マンなどの「第二種兼業」が多い。書道をはじめ、「習い事文化」の多様性にも驚かされる。

これらの各位が大学教師や専門学校、さらに、多様な学校の教師となられて、次世代を持続的に教育されてゆけば、この地区の未来は明るい。他方、都市の大学では、大学院への進学意欲が低下し、若手研究者は職を失って、転職の機会を探している現状もある。地元の方々が高等教育の主力に成長されて、不足する研究療育を、これらの若手研究者や、定年後、学位をもって第二人生を歩む各位に新たな場を提供してくだされば、日本の未来は明るい。

コロナ禍のもとで、これが、実現できれば、いかに、政府や自治体が財政危機になろうとも、各地区や学区の財政力を用いて、長寿者社会の健康を支え、育児環境などを、よりよいものにすることもできる。

これが、コロナ後の日本社会ではないか。

このような考え方が生み出された背景を次に考えてみよう。

(Ikegami,Jun©2021)

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