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池上・総合学術データベース:時評欄(51)「国家組織を通じた‘上からの改革’-その意義と限度-」

上からの規制改革をめぐって

 これまで、この欄では、現代日本における「二つの傾向」について研究してきた。

一つは、政府や国家組織を通じて展開される「公共政策」と呼ばれる領域である。

そして、もう一つは、地域の自治組織からの「民間主導の公共政策」である。

この二つは、時には対立し、時には、一致して、日本の公共政策を形成している。

今日は、二つの傾向のうちの一つ、政府や国家からの公共政策について、最近の動向を金融面から考察してみよう。これまで、金融や貨幣のことは、たびたび、論じてきたので、金融面での公共政策についての理解を深めるにに役立つ。

この領域の最近におけるキーワードは「規制緩和政策」であるといえる。

「規制」と一口で言っても、実は、「規制」と呼ばれているものには、法律で定められたものもあれば、「行政指針・指導」と呼ばれるものもある。

また、それぞれの「規制」には、それぞれの「由来」がある。

大きく分けるとすれば、①戦後の新憲法下における法や行政指針・指導と、②朝鮮戦争を契機にした、「戦後民主化の修正」を行った法や行政指針・指導に分けることができる。

新憲法下の「規制」は、多くの場合、それまでは、保障されていなかった、日本における「市民生活を守る」という側面が強い。明治憲法下では、市民ではなく、「臣民」と呼ばれていたこともあって、市民生活上の権利を保護するという考え方は希薄であった。これよりは、天皇の臣下としてふさわしいかどうか、のほうが大事であった。

その意味では、新憲法は画期的に「市民の権利、とりわけ、生活権の保障」を重視し、それが、法律に反映されている。

 

市民の生活権を守る-新憲法下の「規制」の特徴

金融面でも、同様であって、銀行など、金融面での支配力が産業にまで及ばないようにして産業における公正競争を実現するという「規制」がかかっている。

これは、戦後民主化の中で、「反独占・公正競争」という考え方が確立されたからである。銀行などが産業界に介入して、公正競争を妨げてはならない。この公共政策が「金融業への規制」となるのは当然であった。

このような「規制」を緩和すれば、当然のこととして、民主化に逆行する「規制緩和」にならざるを得ない。

今、金融業界で推進されようとしている「規制緩和」は、朝日新聞、2020年9月29日の報道によれば、「令和の大改革」と称する「事業会社への出資規制、上限5%を緩和する政策」が話題となっている。この規制は戦後の経済民主化の潮流を反映している。明らかに「産業界の金融機関からの自立」「産業界における公正競争秩序を維持する」ための規制である。

この規制を緩和することは、戦後の経済民主化の基本に触れる重大事である。これまで、金融庁などが、この面での「規制緩和」に慎重であったのは、このためである。

 

朝鮮戦争を契機にした「戦後民主化の修正」と新たな規制の発生

1950年に開始された朝鮮戦争は日本の戦後民主主義を転換させる動きを生み出した。この動きは権利を持つ日本市民の活動によって憲法改正までの力はなかった。しかし、反独占の法律、独占禁止法を空洞化しかねない行政指針・指導が実行されるなどのことがあって多くの領域で「独占復活」の動きをつくり出した。

かつて、日本の金融システムは「護送船団方式」ではないかと批判されていた。それは、金融業界に対する規制の一環として、「新規参入企業を認めない」というルールで、国家が独占を維持できる仕組みをつくっていたのである。これは、反独占の規制ではなく、「独占を維持するための規制」であるが、規制には違いない。

このような規制が生まれたのは、反独占の規制があるなかで、1950年に朝鮮戦争がはじまり、当時のアメリカ占領軍の方針として、「日本経済復興のためには銀行を保護しなければならない」という特別の事情があったからである。これは、自由な競争を規制する統制経済政策である。これが本来の意味での公共政策の名に値するかは慎重に吟味しなければならない。

他方で、もしも、この時代逆行ともいうべき「規制」を緩和すれば、銀行業務に、多くの中小零細企業や異業種の大企業が参入できる。このために、「護送船団方式」は維持できなくなり、銀行業の独占体制が公正な競争の場に代わる可能性がある。

1990年代後半の「金融ビッグバン」では、国際的な圧力もあって、「護送船団方式」は見直しを迫られた。そのために、この場合の「規制緩和」では、金融事業への異業種からの参入が可能となった。ソニ-銀行や楽天銀行が出現できたのであり、NPO金融も始まった。

今回の、「銀行の広告事業への参入」の引き金を引いたのは、楽天という異業種から銀行事業への参入があって、「楽天が銀行事業に参入できるのに、銀行事業が広告事業に参入できないのは不公平だ」という銀行側の主張が通った可能性が高い。

このような状況の下では、規制緩和といっても、独占を強化するものと、「営業の自由」を拡充し、公正競争の場をうみだすものとがあることになろう。

朝鮮戦争による「戦後民主化の修正」を規制緩和で見直せば、民主化の本来の姿に戻ることになる。

したがって、一口に「規制緩和」といっても、内容を検討すれば、時代逆行的な、いまどき、実行する必要性がないばかりか、かえって、有害になるものもある。同時に、規制緩和が行われたために、戦後民主化の精神に沿う結果となることもある。

本来の呼び方を考えるとすれば、「時代逆行的な」規制緩和と、「時代を前に進める」規制緩和を区別して表現すべきである。しかし、現実は、はそうではない。

このことを踏まえたうえで、規制緩和政策は評価してゆくことが必要である。では、今回の金融における「規制緩和」と、国際的に見た「下からの公共政策」についてみてゆこう。

(Ikegami, Jun ©2020)

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