文化政策・まちづくり大学

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総合学術デ-タベ-ス:個人別研究内容(4)綾野浩司 先生;響きあう人間関係の研究:内容紹介;池上惇

はじめに-森嶋先生の問題提起から

これまで、個人別の研究内容は、池上惇、高橋幸恵、木林威夫のものを収録してきた。このたび、新たに、10名内外の研究内容が収録される。

2020年10月から、国際文化政策研究教育学会において、「学生特別会員制度」が発足するに伴い、高校生、大学生、社会人初心者むけの通信制学習・研究システムが発足する。

市民大学院で、このシステムに参加して、学生特別会員の論文作成を支援する教員の会を発足させることとなった。綾野先生も、そのおひとりであるが、まだ、現役の社会人であるため、学習・研究支援は池上惇が担当し、綾野先生の研究成果にご質問などがあれば、池上が仲介する。

綾野先生のご研究は、これまで、故森嶋通夫先生が提起され、未解決のままに、他界された研究課題に関わる。

それは、経済学の研究といえども、経済学の研究だけで完結するものではなく、M.ウェ-バ-が提起したように、社会学にけるethos(エイトスと訳されることが多い=文化や芸術の精神的な基盤のこと)の研究や心理学における情念の研究などとの密接な関係を持つ。

経済を研究するものは、経済学の研究だけでなく、多様な境界領域の研究をも理解して、それぞれの学問が持つ、固有性を互いに生かしあう関係を研究する必要がある。例えば、日本の経営を理解しようとすれば、経済的な動機として、人が犠牲と効用の均等化を志向し、先端技術を導入する側面だけでなく、組織に対する忠誠心や、忠誠心を持たない人々を排除する現実を理解する必要がある、という主張であった。

これによって、長期的に見れば、日本の経済力の発展が阻害されているという現実も解明できるというのである*。
*森嶋通夫『なぜ、日本は「成功」したか?-先進技術と日本的心情』TBSブリタニカ、1984年参照。

そして、森嶋先生は、このような研究姿勢を「交響楽的な」異分野の研究者が協力しあい、それぞれの個性を生かしあうこと。それによる創造的な成果こそが真実の発見と、諸問題の解決には必要であるとして、そのような研究の意義を強調されていた。

綾野先生のご研究は、このような、提起を受けて、「交響楽的な、個性や各自の創造性が響きあって、メロディ、リズム、ハ-モニ-など、が生み出される人間関係」とは、どのようなものかを、新たな研究素材を生かして解明しようとされている。

新たな素材として、綾野先生は、文学や音楽を取り上げられている。社会学とは、また、一味違う学問領域であるが、森嶋先生の研究成果を踏まえた、新たな試みとして注目される。

 

綾野論文の基盤と創造性をめぐって

ここには、綾野先生のご研究は、2編が収められている。このほかにも、『国際文化政策』第10号には、「交響する場をつくる」2019年8月がある。綾野先生は、音楽の愛好家で交響楽団を組織して指揮を担当されたご経験もあり、音楽理論に強い関心を持たれていた。

論文、2編について解説する。

1)第一論文

「海を越えて」交響する世界―『ゲーテ=カーライル往復書簡』に辿る「コモン・ストック」形成過程の考察― (2020.7.24)

この研究は、明治の文豪、夏目漱石が、現代の我々に残してくれた紀行文「カーライル博物館」を考察の起点にされた。そして、そこからさらに19世紀に遡って、イギリス・スコットランドの文明批評家カーライルと、ドイツ人文学の泰斗ゲーテの交わした往復書簡(CORRESPONDENCE between GOETHE      AND CARLYLE)を研究の対象とされた。

そして、イギリスとドイツという異なる文化圏を背景とした二人の個性が、交流を通じて学びあい、育ちあう過程を研究されている。

交流は手紙によるものが中心であるが、個性の差異が言語の翻訳を通じて、互いの文学を理解しつつ、同時に、自分が生活してきた文化的な環境に、異文化に由来する、新たな世界を想像することができる。

人間が持つ、想像力を生かして、「これまでの習慣による生活や執筆活動」から、「新たな生活世界を構想しつつ、新生活や新たな執筆活動を開始」する。これは、「相互学習」の過程である。文化交流は、カーライルにとっても、ゲーテにとっても、学習と人間発達の機会となったのである。

つまり、異文化交流が生み出すものが「創造の核」となって“響き合いの波動”を生み出す可能性があること。また、この“波動”が現実のものとなるためには、各々が暮らす生活や自然の環境、言語の差異などが、双方にとって「享受と学習」の対象となること。その結果、彼らの自由な思想交流が生まれて、新たな発想と創造の場が誕生すること。

さらにこの創造の場が、両者を取り巻く思想的もしくは芸術的な同志や友人たちを含み込みながら、多様性をもって響き合いつつ発展していく社会関係を形成すること。

これらを、「個性の共生」「差異からの相互学習」「自由な思想交流からの創造活動」「創造された文化を共通基盤として共生を目指す社会関係」として集約しては、どうか、という問題の提起である。

森嶋通夫が提起した問題に対する正面からの接近であり、画期的な意味を持つ研究成果であった。、

2)第二論文

アダム・スミス「コモン・ストック」概念の「交響」可能性について
―池上惇京都大学名誉教授の解明を手ががりに―(2020.7.24)

第二論文において、綾野先生は、研究の素材を「経済学の父」と呼ばれる、A.スミスの『国富論あるいは諸国民の富』における「人的能力投資論」と呼ばれる領域から取ることによって、経済学においても、「響きあう人間関係」が存在することを示唆された。

A.スミスの「人的能力投資論」は、経済学の歴史においても、画期的な発見であったが、多くの経済学者は、A.スミスにおける経済理論の誤りの一つとして、深く研究する対象とは、されてこなかった。A.スミスの経済学体系は、D.リカードや、K.マルクスによって、労働価値説の祖としては、高く評価されたが、農業労働を他の労働に対して、評価する学説や、「人的能力投資論」は全く評価されなかった。

「A.スミスの人的能力投資論」を改めて世に出したのは、1940年代を待たねばならず、「教育の経済学」という、新たな領域が登場したのちのことである。

池上は、若いころから、A.スミスの人的能力投資論に強い関心を持っていた。それは、ケンドリックという、アメリカの統計学者が経済成長要因を統計的に研究した時、生産手段や技術進歩など、物的な投資の結果として、国民所得の増加要因を研究すると、どうも、それだけではないという、結果を得たからである。かれは、新たな要因として、「人的能力への投資」を発見して、教育や学習への資源配分の重要性を指摘したからである。

投資活動は、「物的なもの」と「人的なもの」との両面から接近して、はじめて、現実の経済発展が理解できるとすれば、これは、経済学にとって、新たな可能性が開けてくる。

当時、わたくしは財政現象に強い関心を持っていたので、納税者としての市民が「人的能力投資」の対象として、義務教育を始め、教育費というものへの財政資源の配分を行うこと。

これが重要な意味を持つと考えるようになった。この考え方は、日本の文部省が文部予算充実の一環として、人的能力開発政策の重要性を指摘し始めた時期と一致している。

では、予算配分において、人的能力投資を量的に充実させれば、それで、目的が達成されるのか。と問えば、それは、違う。市民一人一人の自立ということを考えると、市民一人一人の個性や創造性を生み出すような人的能力投資が必要だと考え始めた。

わたくしは、ながらく、大学教育に携わってきたのであるが、いわゆるマスプロ教育の現実は進展するばかりで、一人一人の個性や創造性を引きだす教育は不可能であった。辛うじて、ゼミナール教育の場で、終了後に、「ル・フジタ」というフレンチ・レストランでご主人のご厚意で学生にごちそうして、大いに議論してもらうくらいが関の山であった。情けないことである。

綾野先生は、当時のわたくしの論文を取り上げてくださって、A.スミスの「コモン・ストック論」として、改めて世に出していただいた。

A.スミスは、人的能力投資を経済理論の中で位置づけただけでなく、分業と交換の世界では、「才能の差異」を職人が互いに生かしあって、社会の共通資産にすることができる、と、考えていた。つまり、スミスの構想した市民社会は、個々人が職人として経済的に自立し、個々人の才能が分業によって、発達し、互いの差異を生かして交換することによって、例えば、パン屋の才能と、酒屋の才能が、自愛心に基づいて発達し、その生産物が交換され、消費されて、生命・生活が再生産されることによって、「才能の差異」が「社会の共通資産」となるとしたのである。画期的な発見であったが、だれも、注目しなかったので、孤軍奮闘で、普及に努めはしたが、まったく相手にされなかった。

この課題を正面から取り上げていただいたのが、綾野先生のご研究である。論文の構成は、次のようになっていた。

Ⅰ  はじめに
Ⅱ  アダム・スミス「コモン・ストック」概念について~池上名誉教授の解明を手がかりに
Ⅲ   資本(=ストック)概念の多様性について
Ⅲ―1 K.マルクスの「資本」概念について~宇野名誉教授の解明を中心に
Ⅲ―2 J.M.ケインズの「資本」「資本の限界生産力」概念について
Ⅲ―3 現代会計学及び経営学における「資本」「資産」「負債」概念について

Ⅳ 「コモン」概念の可能性について
Ⅳ―1 社会哲学における「コモン・センス」概念との関係
Ⅳ―2 法学における「コモン・ロー」概念との関係
Ⅳ―3 経済学における「コモン」概念の適用
Ⅴ 小括
Ⅵ 今後の展望

綾野先生によれば、「アダム・スミスが発見した『コモン・ストック』が、商品市場の次元を中心とするものであったのに対し、(ゲーテとカーライルの)往復書簡を起点とした芸術・文化あるいは知的情報交流の次元においても、「コモン・ストック」が存在することを示した。」とされている。

さらに、「現代では、地域発展の構造が「物流・情報流・人流」として把握されているが、このうちの「情報流」を新たな視点から解明する手がかりとなれば幸いである。」と要約されていた。(©Ikegami, Jun 2020)

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