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池上・総合学術データベース:時評欄(49);「無利子無担保融資を活用した地域信託基金の形成」2020年7月26日

地区や学区の経済力に注目する

 前回、検討した、奄美における最小の自治単位は「シマ」と呼ばれている。日本社会では、都市部では、学区、地方では、地区という名称が普及してきた。

都市部で「学区」と呼ばれるものは、明治維新が生んだ、小学校の通学区域である。その前身は民間の塾教育の場であったものが多く、京都では、石田梅岩関係塾の伝統を引き、当初は、石門心学の教科書が使用されていたという。

明治政府は財政力は弱く、学区に小学校を作る力量がなかった。小学校を作ったのは、地元の有力者を中心とした寄付金や、京都では「竈金(かまどきん)」と呼ばれる「竈の数に比例した割り当て寄付金」であった。このため、当初は学区によって、経済力に格差があり、富裕なところと、貧乏なところには教育格差が発生する。これを調整するために、自治体が支援金を給付しながら、次第に、負担を均整化していった。戦後、地方自治法によって、寄付による小学校などの建設が禁止されたので、現在は、義務教育は中央政府と自治体が50%ずつ負担する建前である。

また、当時の小学校は、現在の区役所以上の機能を持っていて、住民登録や消防など、公共的な事務だけでなく、地域投資などの資金も提供した。まさに、「経済力ある自治の最小単位」だったのである。以後、行政区の整備とともに、学区と小学校は通学範囲と義務教育に特化してゆく。

現在は、多くの学区が都市部の低年齢人口の減少で、小学校や中学校が閉校となり、跡地が各地の自治連合会のオフィスとなる。あるいは、地域の防災拠点として、緊急時における物資の備蓄の機能を担ったりしている。公民館としての機能を持つことも多い。

農村部では、伝統的に、自然村と呼ばれる自治の最小単位が形成され、市町村合併によって、町や市などに統合されてゆくが、同時に、自然村が基礎となって、自治の最小単位が生き残り、「地区」という名称に変化してきた。大都市では学区すら自治の基本単位としては消滅しかかっているところも多いが、農村部では、ほぼ、例外なく、「地区」が生きていて、大半の地域には公民館があり、都市と同じく、人口減少で小学校が廃校になることも多い。それでも、公民館を拠点とした自治区域であり、一定の経済力を持つ。

奄美の事例では、寄付金を集めて公民館をつくる力量や、岩手県遠野市の事例では、地区が産直市場を設け、土地は自治体が提供し、一軒当たり50万円内外の出資をして、小農経営者が自分で生産した農産物などの売り場面積を確保している。産直市場の経済力は強力で都市部のスーパーなどとも対等に渡り合う。

このような自治の最小単位が、これから、どのような方向に向かうかは、日本社会の動向を知るうえで、最重要な研究課題である。これからの自治の最小単位を研究する中で、 一つの手がかりは、幕末のころ、二宮尊徳が農村再生のために形成した地域信託基金であった。

 

先駆的な経験としての地域信託基金の形成-二宮尊徳の画期的な業績-

幕末当時、領主の重税や、税を払うための債務が累積し、農民が生活できなくなって逃散してしてしまう事態が生じた。

荒廃した村を再生するために、領主は、尊徳などの徳の高い大商人に依頼して、かれらの資金を生かしつつ、村を再生しようとした。

このとき、尊徳が考案した「地域信託基金」は、自然村の再生に中心的な役割を果たした。すなわち、この基金は、出資者が所有権を残したまま、尊徳に経営を依頼し(信託基金)、尊徳が無利子無担保融資を基軸として、篤農家を呼び戻し、育成する地域経営を行う。

尊徳は土台金を出資し、地元の有力者や、財政力のある場合には藩も出資する。さらに、村民全員が内職収入などを差し出して形成される。信託であるから、地域再生が何年かのちに達成されれば、拠出した資金は所有者に返還される。私的所有を否定しないで、公共的な事業を信託基金で実行した、世界初の試みである。

この方式は、信託基金を投資活動として活用してこそ生きてくる。寄付金であれば、消費してしまえば集めなおす必要があるが、信託基金を投資として活用すれば、産業の振興による復興や利益の獲得が可能である。小農経営に利益がうまれると、冥加金として、尊徳に経営に感謝のしるしを差し出すこととした。

現実に、生産者にとって負担が少ない無利子無担保融資であれば、生産や商業や金融事業を起こし、地域を再生して、さらに、収益を上げることができる。収益があれば、所得再分配を実行して、所得水準の底上げができる。尊徳は家屋の修理や病人の救済など、多くの福祉事業を実行した。

みんなが篤農家を模範として、小農経営を再生すれば、所得の中流化が実現する。これがあれば、域内市場が発展するから、地産地消が可能になる。さらには、地域外との商業も可能となり、地域同士での市場拡大や、経験からの「学びあい」が実現して生産力が高まる。

尊徳は、地域再生の切り札として、精励奇特人と呼ばれる模範的小農民・商人を育成し、これに、信託基金から奨励金と無利子無担保融資を提供した。

信託基金形成と無利子無担保融資の結合こそ、尊徳が農村再生に成功した秘密である。その意味で、現代においても、信託基金形成と無利子無担保融資制度は、自治の最小単位の発展にも、非常に有効であると思われる。現代の制度の中で、信託基金形成と無利子無担保融資制度は、どのようにすれば、実行可能であるのか。

今日は、この課題に挑戦してみよう。(Ikegami, Jun ©2020)

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