文化政策・まちづくり大学

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池上・総合学術データベース:時評欄(47);「自治の最小単位における地域ファンド形成の重要性-大規模な国の借金・増税には問題がある」2020年6月24日

租税国家の危機が迫っている 

 2020年6月19日付、『日本経済新聞』夕刊は、五十嵐敬喜教授の「借金は問題ないという論理」と題する「十字路」論評を公表した。

教授は、このなかで、政府が赤字財政を続け、赤字国債を政府が発行しても、日本銀行がタダで国債を買い取り、通貨を増発し続けるとすれば、そのような状況は何をもたらすのか。本当に、「問題はないのか」を問いかけておられる。

そして、「借金は問題ないという論理」が通用する前提条件は、①人々が政府を信頼すること。②人々が経済成長に期待せず、消費需要を増加させないという、二つの場合のみであることを示唆されている。

これら、二つの場合については、最近の世界の現状からみて、だれもが「非現実的な前提条件」と言わざるを得ないのが現状である。

 

市民が政府を信頼するには

まず、全市民が政府を信頼するには、ヴィクセルがかつて主張したように、「満場一致のルール」が必要である。彼は、市民が分裂したままで、政府に低所得層への所得再分配やデジタル格差・文化格差に応答する真剣さがない場合には、議会での少数意見である低所得層の信頼を得ることはできない。

ましてや、世界的にみて、人類社会の分断と分裂状態はかつてなく深刻である上に、貧困と格差が蔓延し、教育・文化を享受する機会さえ、不平等化が進んでいる。

累進所得課税制度の強化や、政府への寄付金増加には、大きな壁があり、不信感と憎しみさえ渦巻いているようにすら感じられる。

では、人々は経済成長に期待せずに、消費需要を増加させることはないのか。

例えば、コロナ禍によって、在宅者が増加し、消費が減少しているかに見えても、専門家の目から見れば、「外食は減っても自宅で食事はするし、保育所が休業しても育児は中断できない。調理や育児などのサービスを第三者から購入すれば、GDP(国内総生産額)は増えるが、家族内で手掛け自家消費する場合は貨幣的には評価されない。」(大和総研執行役員 鈴木準氏「GDPには含まれない消費」『日本経済新聞』夕刊、2020年6月24日付、7ページ)

内閣府の統計数値も引用されていて、家事全体の評価額は平時でも、18.3~25.7%(2016年)に達している。旅行など伝統的なレジャーが減少しても、ネット上での定額課金や、無料サービスの利用が増加している。個人間のシェアリング・エコノミーも統計上は把握しにくい。とすれば、今後の消費増大の可能性は大きい。

コロナが猛威を振るおうとも、大都市のような「集積の不経済」に対して、市民は分散的な生活様式を選択しうる。「オンラインで代替できる活動はオンライン上の社会が生まれる。この活動が地方でも可能であれば、地方への人の流れが生まれる。」(赤井伸郎大阪大学大学院教授『日本経済新聞』夕刊、2020年6月25日付、5ページ)

集団での移動は難しくなっても、個別の動きは増加しうる。集積のメリットによる価格低下はないが、もしも、価格増に見合う、付加価値が増加すれば、事業としても成り立つ。

私見であるが、旅行が個人化すれば、個々人の多様な旅行欲求に見合った、新たな産業が生まれる得る。例えば、旅行先などの調査や学習の事業である。京都にある「らくたび」旅行社は、従来も、京都の仏像など文化財に関する出版事業を行ってきた。ここには、「るるぶ」式の旅行ではない、深い学習や研究に通じる、新たなニーズが生まれてきた。

そのほかにも、消費需要については、多くの新たな事業が生まれるに違いない。

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その一方で、政府の借金能力は、やがて、限界を迎えると、だれもが思っている。現状は、経済停滞に備える民間貯蓄が増加しているから、金融機関の手元には、紙幣の増発以外の「健全な資金」が存在しているが、経済停滞が長期化すれば、徐々に取り崩される。

そのときは、どうなるのか。

唯一、健全な提案は、累進所得税を復活し、消費税を減税して、租税国家の危機を打開するほかない。しかし、世界的にみて、今の政府に対する富裕層の信頼関係は全くないのが現状である。信頼関係があるならば、富裕層から、政府への納税の協力申し込みや、寄付申し込みが殺到してもおかしくはない。

先日、京大の山中教授など二名のノーベル賞、受賞者に富裕者から100憶円の寄付金が京大あてに申し込まれた。朗報である。信頼関係のある所には、間違いなく、寄付者や出資者、信託基金提供者などが現れるのである。

このような動きも踏まえて、では、今後、財政危機を乗り切って、「スタートラインの平等、所得再分配と、デジタル・文化格差の是正を行うには、どうすればよいのか。今日は、この問題を考えたい。(Ikegami, Jun ©2020)

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