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池上・総合学術データベース:時評欄(36);「ふるさと創生大学の構想と発展」2020年3月12日

ビル・ゲイツ氏の先見性

ふるさと創生大学における、現代社会から要請されている課題とは、どのようなものであろうか。

いま、パンデミック=pandemic、コロナ・ウイルスを原因とする感染症の世界的な流行が始まっている。この流行が始まる以前から、大震災や津波の脅威、核戦争の恐怖をあふる動きや、大規模工業化による環境破壊の進行、自由貿易を否定する「粗暴な一国中心主義の台頭」など、利己心や金権の拡大を原因とし、生存競争を正当化する危険な動きが横行していた。

自然災害にせよ、核戦争のような人災にせよ、それに対する応答の基本は、過去の経験の記録や継承、地道な研究活動による原因の究明と、科学的な知見に基づく対応の準備作業である。パンデミックに対する対応も例外ではない。

この点で、最も注目されるべきは、アメリカ・マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が、2015年に行った講演である。

この貴重な事実を報道した、2020年2月28日(金)夕刊の『日本経済新聞』は、次のように述べている。

「講演では、人類は核の抑制に巨額の資金を費やしたが、疫病の抑制システムでは、ほとんど、何もしていないと指摘。その前の年に流行を許した、エボラ出血熱を踏まえつつ、『我々は、次の蔓延へ準備ができていない』とした。」

さらに、彼は、次のパンデミックによる世界の富の損失は、3兆ドル=約330兆円とする世界銀行の試算を引用し、その額に比べれば、対策に必要な額は僅かだと、主張した。

実際に、かれは、2020年2月に、彼が主宰する財団から、今回のウイルス対策費として、最大1億ドル=約110億円を拠出すると発表した。ワクチンや治療薬の開発、アフリカと南アジアでの感染拡大の予防に重点を置くとしている(同上、7ページ)。

 

貧困と格差の拡大から、中間層増加への転換を

このニュースは、希望の持てる「よいニュース」である。

が、同時に、現代社会における「中間所得層の崩壊と、貧富の差の拡大」という現実。

この現実が人類の健康状態に悪影響を及ぼし、「健康状態が悪く、ウイルスに弱い人類の増加」という現実。

その現実を根本的に改善しようとすること。そのために何が必要か。

などなど、にも、注意を喚起する必要があるのではないだろうか。

そうなってくると、中間層を増加させるための、実態調査に基づく、合理的、科学的な対応策の研究が、何をおいても、最重要な研究課題となろう。

私の理解では、現代社会における中間層拡充の方法としては、次の二つがあった。

一つは、所得や資産の再分配である。これは、J.S.ミルが「スタートラインの平等」と呼んだもので、累進所得税や富裕税、保険税などの税制度を活用して、再分配を試みる手法である。

もう一つは、「文化の再分配」と言えるもので、教育の機会均等や、研究力量の開発によって、公共施設建設や商品生産システムのなかに、美的なデザインや、健康や幸福を増進しうる科学技術の成果を持ち込み、学習における「人格の相互尊重」「学びあい育ちあい」などの関係を生み出して、人間としての発達を自由な雰囲気の中で支援しあうことである。

私は元来が地域調査と地方財政の専門領域を専攻してきた。

これを勧めてくださったのは、恩師の豊崎稔先生であった。そのとき、注意されたことは、調査において、相手の人格を尊重し、決して、結論を押し付けず、結果を出そうとして焦ってはならないということであった。先生によると、地域調査や、地方財政などという専門領域は、そう簡単に結論が出ないし、信頼関係がないと本当のことはわからない。したがって、時間がかかる。いわゆる論文作成にもなじまない。よほど、時間をかけないと、業績にならないことも多い。

また、実態を研究しようとすれば、これまで、多くの先人たちが、実態や、調査経験を踏まえて、どのような理論を構築してきたのか、また、先人たちの理論も、多くの差異があり、その際から学びながら、自分なりの理論を構築する必要がある。

したがって、調査経験という実態認識を踏まえて、これらは、「隠し味」として実態を踏まえた論理的な展開を心がけなさいというのである。

そこでは、さまざまな理論を自分なりに整理し、学説史や思想史として研究しつつ、理論家として身を立てなさい。これが豊崎流の指導法であった。

たしかに、理論家として、学術界に問題を提起する方法は、若いころの研究業績としては、早く論文ができるし、学会で、話題にもなり、議論もしていただける。

なるほど、と、納得した。

私は、現実の生存競争の中で、中間層が崩壊してゆくのを、戦後の歴史の中で、また、各地の実態調査の中で、実態を知り、どうすれば、中間層を増加させてゆけるのかを、一生懸命考えた。

その結論の一つが「マイクロ資金を集めて、ふるさと創生大学づくりを行い、自治の最小単位である地区公民館と連携して、研究活動を基礎に、地元資源を生かした仕事を起こし、地域をつくり、人を育て、文化を高めること」であった。そして、これによって、過疎地に交流人口と定住人口を増やしてゆく」構想である。

人口が500人以下の小さな自治の単位を基礎にして、現代の情報通信技術を活用しながら、地区の各位のご理解を得て、研究成果が出れば、それを教育に生かしつつ、「過疎地に通信制の教育研究システムをつくる」。このようなモデルを、まず、創ることから始めよう。これが、わたくしたちの、ささやかな原点であった。

これを実際に実現向けて動きを生み出していただいたのは、藤井洋治先生、千葉修悦先生のお力添えによる。藤井先生については、ご紹介したので、今回は、千葉先生ご自身のご構想や展開をご紹介する。(Ikegami, Jun ©2020)

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